日本郵政をして「まるでヤクザ」と言わしたNHKの姿勢に想うこと

 懐かしく、ほろ苦い感覚だ・・・。

 

●朝日新聞 2019.10.3 13:34 配信

https://www.asahi.com/articles/ASMB345WBMB3ULFA016.html

 

 かんぽ生命保険の不正販売を昨春報じたNHK番組「クローズアップ現代+」に日本郵政グループが抗議していた問題で、同グループの鈴木康雄副社長が囲みの記者らに漏らしたコメントに、ふと昔を思い出したので書き置きたい。

 

 次のコメントは冒頭の記事から抜粋。

 鈴木氏は、NHK側から「取材を受けてくれれば動画を消す」と言われたと説明し、「まるで暴力団と一緒。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならやめたるわ、俺の言うことを聞けって。バカじゃねぇの」と続けた。

https://www.asahi.com/articles/ASMB345WBMB3ULFA016.html

  

 殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならやめたるわ、俺の言うこと聞け。

 

 先にお断りしておきます。冒頭の記事は単なる叩き台であって以降の話とは実質的に無関係です。

 

 

 私が週刊誌記者をしていた頃、こんなことは「日常」だった。あまり多くを書くと大きな問題が生じかねないので1つだけエピソードを披露したい。

 

 こんなことが日常になったきっかけだ。  

 

 それはまだ私がフリーとして駆け出しの頃のことだ。週刊誌向けの事件が起きると編集部と掛け合い(企画書提出や口頭で取材許可を受ける)、単独で現場に急行。地元の図書館で新聞記事をコピーしまくり(地元紙や地方欄は通信社や全国紙の報道に独自ソースが加わっていることがある)、ネットで最新情報を見つつ(某大型掲示板も常に見ていたよ!)、現場で野良犬のように右往左往する日々だった。

 

 

 そう、まさに野良犬のよう。「犬も歩けば棒に当たる」を地で行くのだ。運よく事件関係者(目撃者、被害者、加害者、その家族、捜査員、弁護士)などから新情報が取れることを祈って、ただただ歩き回るのが「最前線の仕事だ」などと思っていたピュアな私がそこにいた。ほろ苦くも「まともな記者だった頃」の思い出だ。

 

 

 そんな私が、1つの「出来事」でスクープを得た時の話だ。決して自慢できない話をあえてここに書き置きたい。

 

 

「匿名のタレコミなんだけど行ってみる?」
 ある週刊誌編集者と酒を飲んでいる席で言われた。
「半日現場に入ってダメなら引き上げておいで」
 まあ経費が出るなら行くだけ行くか、という具合で引き受けた。

 

 ある学校法人で、同法人の次期理事になろうかという権力者で現役教職である人物(以降、A氏とする)が、生徒に性的暴行をはたらいているというもの。手口は単位を与えるとか、与えないようにするとか、暴行現場の写真で脅したとかなんとか・・・よくある話だ。

 

 どうせダメだろうと軽い気持ちで現場に入ったのが幸いした。いきなり学校近くに行き、下校中の女子生徒にそれとなく校内の雰囲気などの話を聞いていると「実は私も」なんて奇跡の展開がおきた。A氏がまさに今日、この女子生徒を呼び出しているメールまで入手できたのだ。

 

 当然、女子生徒の代わりに私がその場所に出向く展開。そこはA氏のマンション。自宅は近くに一軒家があるから、生徒と関係を持つために借りたとみられる部屋である。

 

 インターホンを押して隠れていると、腰にバスタオルを巻いたA氏がドアを開ける。まるで漫画の展開だ。半ば威嚇を込めた撮影もばっちり。はい、完璧です。

 

 A氏はおどおどと「ノーコメント!」を連発するが、材料は揃いすぎるほどに揃っている。名誉毀損の訴訟になっても最低限の和解金で収まる公算(=編集部的には勝ちに等しい)が大の案件となった。

 

 取材がうまく運べばペンも走る。我ながら良い出来栄えの4ページ原稿が瞬く間に書きあがったのだった。

 

 週刊誌のスケジュール的にも最高のタイミング。
 現場に入った翌日に原稿を書き上げ、その翌日が最終入稿日だった。ここで入稿される記事は巻頭か巻末かの一折に決まっている。

 

 さて、最終入稿日の朝である。編集者からの電話で目覚めた。わたしを担当する編集者ではなく、その上に位置する編集幹部からだった。

 

「あー、例の記事なんだけどさ。非常に良い記事でした。ありがとう。でも残念ながら掲載は見送ります。ああ、残念がらなくてもいいよ」

 

 なんと返事をしたか覚えていない。絶句していたかもしれない。

 

「あれは買い取られたんです。本人に。あの法人の関連会社からの広告が決まったんだよ。こっちの言い値でね」

 

 

 私の置いてきた名刺から、すぐに編集部に電話があったそうだ。それで記事差し止めの交渉。交渉は値段交渉であり、その過程では私の書いた記事と証拠物件も提示されたようだ。

 

 

「記事にするよりも直接的な利益だ。お手柄だよ。あれだけグウノネも出ないほどの証拠が揃っては、A氏もお手上げだったようだ。これで君も一人前のフリーランサーだ。これからもよろしく頼むよ」

 

 

 そうなのです。これが私が「一人前になった瞬間」なのです。

 

 編集部の社員ではなく、フリーの記者であることもミソ。編集部としては「外部からの持ち込みネタ」として扱うことで、まるで第三者のように振る舞いつつ交渉を進めることも可能なのだ。

 

 その後、私を信頼して証拠を預けてくれた被害生徒の1人から編集部宛に「(週刊誌に載らず)オオゴトにならないで先生も態度がまともになりました。本当にありがとうございました」なとど書かれたお礼の手紙が届いた。胸をなでおろすとともに、やはり心に突き刺さるものがあった。

 

 果たして、編集幹部をして「一人前」と太鼓判を押された私は、原稿料はページ単価がぐっと上がり、スクープ性のあるタレコミがある度に編集部からの指名が入るようになっていったのだ。

 

 後に、記者廃業を決断するに至るまで、この編集部の重大案件と黒い部分を見続けていくことになる。関わっている部分もそれなりにあるが・・・。

 

 某宗教法人を叩き続けることで、対立する宗教法人の関連会社から広告を得たり、手打ちをする際にはしこたま現金のやり取りがあったり、時にはおまわりさんや政治団体とだって取り引きをする。もちろんのこと反社会勢力や暴力団とも。

 

「まるで暴力団と一緒。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならやめたるわ、俺の言うことを聞けって。バカじゃねぇの」 (冒頭の記事より)

 

 

 ええ、ええ。その通りですとも。

 それ、まったく珍しいことじゃないです。