「嫌韓」あおり報道はやめようと呼びかけた新聞労連の無能

 

 こともあろうに、韓国について取り上げる報道について論調を誘導しようというのだ。

 

●新聞労連(日本新聞労働組合連合) 労連声明:「嫌韓」あおり報道はやめよう 記事キャプチャ

 

 

 

 文面の趣旨はこうである。

<前略>

 国籍や民族などの属性を一括りにして、「病気」や「犯罪者」といったレッテルを貼る差別主義者に手を貸すのはもうやめよう。

<中略>

 今こそ、「嫌韓」あおり報道と決別しよう。
 報道機関の中には、時流に抗い、倫理観や責任感を持って報道しようと努力している人がいる。新聞労連はそうした仲間を全力で応援する。

<以降略>

 

 

 敢えてわかりやすい単語を使う。

 

 馬鹿である。

 

 まず最初に書き置く。
 マスコミとして「報道」を行う際、嫌韓も親韓もあってはならないことが基幹なのである。
 そして新聞の根底にあるべきは「正確性を重視した公平な報道」である。この部分が守られているのであれば、必然的に嫌韓などという単語は出てこないのである。もしもその記事に触れた読者が、韓国や韓国人に対して悪い印象を持つのだとしたら、それは「事実」に接したからに他ならない。新聞が正しい情報を伝えているのだから「そうでなくてはならない」のだ。
 正確で公平な報道の中に、どのようにしたら「嫌韓をあおる報道」などが存在しようものか。

 

 つまり、新聞は正確で公平な報道を行っていないことを自ら露呈しているのだ。最初に正すべきは、正確で公平な報道を行うことだろう。

  

 

 もはや根幹となる部分が崩れ去っていることも忘れてしまうほど、新聞業界は麻痺しているのではないか。

 

 その麻痺した人(新聞労連委員長)のツイートだ。

 

 

 

 さらに指摘しよう。
 嫌韓報道をやめよ、と日本新聞組合連合が声高に言う。
 これは公平な報道をやめよ、と言うに等しいと気づかないのだろうか。

 

  

 報道には、嫌韓も親韓も無い。そのような「混ぜ物」があってはならない。
 事実を正確に公平に伝えた結果、読み手が何を思うかまで、マスコミが扇動すべきではないということだ。

 

「記事に接した読者が読後感として嫌韓にならないようにせよ」

 

 つまりは「嫌韓世論を操作せよ」という主張なわけだ。

 

 

 新聞は正しい情報を公平に伝えていないという事実を示した。
 さらには、世論を操作せよと堂々と主張する。

  

 

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。